2014年09月10日

今日は「救急の日」*【高度救命救急センターに運ばれる直前の話】

さて今日は99の日

いや、「救急の日」です。


私は救急医療で命を助けてもらいました。


私だって 救急車に乗せられた時には、

「まさか・・私がこんなことになるなんて・・・」です。




普段は救急って


”自分には関係ないことだ”と思いがちですよね。



でも、こんなに信じられないような自然災害も頻発しているし、


他人事ではなく、



もしもの時には誰に連絡しようとか、


どうやってお医者さんに伝えようとか、


たまには緊急時のことも考えておいてほしいなと思うのです。




私が高度救命救急センターに運ばれた時のお話、

前にもブログに書いたのですが

その続きがなかなか書けないまま一年近くが過ぎてしました。


救命センターでの闘病は10年以上も前の話なのですが

今もしょっちゅう、

いえ毎日のように生々しく思い出すのです。

それなのに、文章に書き出すパワーがなかなか出ないものです。


でも、救急医療について考えてほしいと

救急医療で助けられた私は思います。

だから、

ちょっと頑張って書いていきますね。



今日は、ちょっと前回よりさかのぼって


救急車に乗せられる直前のお話です。




その時、私は寝屋川の病院に入院していたのです。

でも、その病院でできる強い治療(ステロイドパルス)をしても

ほとんど回復しそうにない。




遠のいていく意識をひきとめることに集中して

時間が過ぎていきました。


でも、どんどん力が抜けていく。


顔は土色になり、見える世界まですべてが黄色い世界に変わっていました。

激しい黄だんがでていたのです。



力が抜ける。

フェードアウトいう言葉が近いでしょうか。

意識も力もすべては消えていきそうになっていました。


本当に死が近づいていることが

自分でもわかりました。


病院のベッドで寝ているのに。。。

誰も助けてくれない。。。




消えゆく意識の中、

会いたい人や連絡つけたい人が何人かいたんです。



死ぬ前にというよりは、



生きるために

会いたい。



生きる気力が湧くように、その人に会いたい。



そんな人がいたり、



心配しているであろう、大学院の恩師にも、

(当時、病気の最中に大学院を修了したばかりで気分はまだ大学に所属していました。だから教授に連絡しなきゃ・・・と)

私が死にかけていることは知らせないと。と思いました。




日が明けると、

その病院では、もはや治療できる状態でなかったので

病院が救急車を呼び

高度救命救急センターへ運ばれることになりました。




やっぱり

私の思い過ごしではなかったのです。

いよいよ本当にヤバい状況になってきました。





だから、やっぱり会いたい人達に会いたい。


連絡しときたい。



でも、救急車で運ばれる時、

その人達の電話番号は私の携帯にしか入れてなかったのです。



皆さんもそうでしょ?


友人、知人の連絡先って携帯電話に入れてて

手帳に書き留めたりってほとんどしてないですよね。




「その友人たちの連絡先を見つけて連絡してほしい」

と、

付き添っていた母に携帯電話を渡したのです。




それで私は力尽きた。。。。


といってもいい。





携帯電話を渡された母は、


目の前の娘が、意識を失いかけて

死にそうになっていくのを見ながら


使ったことのない娘の携帯電話から

必要な電話番号を見つけ出すなんてできるワケがない。





私はそれ以降の意識がもうろうとしているので

どうやって母が連絡してくれたのかわかりませんが、


たった数人に連絡つけるだけのことなのに、

大変な時間と苦労をかけたと思います。



みなさんも、

外出時に何か緊急時があったら

誰に連絡つけたいか、連絡しなきゃならないか・・を考えておいて


家族や、職場の誰かにすぐに連絡つくように

スマホだけじゃなく、

何かに書いて持っておいた方がいいですよ!!



本当に

あわてたときはアナログ強し。です。



通りすがりの救助の人は、あなたのスマホを操作するのは大変なことです。

ロックがかかってたり、充電切れかけだったら

もうどうしようもない。。。


家族でさえも

こんな時は、もうみんなあわててしまうものですから。

本人より家族の方が頭真っ白になってしまうかも。




本人も家族も、普段は当然わかるような

簡単なことでも口に出せなくなったりするので、


普段から救急医療情報「まもるカード」持っておいてほしいです。



 ※「まもるカード」は私の闘病経験から必要性を痛感して製作したカードです。

  本当にぜひぜひ持っておいてほしいのです。



健康な人も「普段は健康です」というのが緊急時には大切な医療情報になるんですよ!

(↑救急医も言っています)


自分や家族を守る為に、

あわててうろたえることを最小限にするために


ちょっとしたことですが、

自分の体調・医療情報をまとめて持っておいてほしいです。



それで、話を戻しますが、

私は意識もうろうとなりながらストレッチャーで

救急車に乗せられ、

寝屋川の病院から 

高速道路をぶんぶん走り

大学病院の高度救命救急センターへと搬送されました。



搬送されるところは、前回の記事をご覧ください。





今月中には、この続き

高度救命救急センターの中のお話も書いていこうと思います。



怖いことにならないように、

あわててうろたえることを最小限にできるように、

家族の負担をちょっとでも軽くするために、

平和な時から、自分の体調・医療情報を携帯しておいてほしいです。


緊急時や

救急医療についても

たまには 自分ごと として考えてみてください。











長かったですね。最後まで読んでいただきありがとうございました(#^^#)


 ◎アスモスマイルは、今日も明日も笑顔で元気に!

 患者視点で患者さんやご家族のお役に立ち、

 心強さや笑顔につながる商品を目指して企画開発しています。



≫メインサイト  http://www.asumosmile.com


Facebookページ 「いいね!」お願いします。

最新情報やおうち生活が楽しくなる情報をお届け♪


2013年09月30日

【高度救命救急センターの中へ】〜まさか、私がこんなことになるなんて・・・〜

9月は防災月間であり 救急の日もありました。

9月のブログは、私の経験も交えて書いていきたいと思っていたのですが
いざ書こうと思うと
苦しく、怖かった思い出がドーンと襲ってきて
なかなか文章にできませんでした。

今日、9月最終日なので、ちょっと思い切って書いてみようと思います。


〜まさか、私がこんなことになるなんて・・・〜

というのが正直な気持ちです。


高速道路を救急車が走る。
寝屋川の病院で入院していた私は
その病院では手におえない危険な状態まで悪化しました。

病院から救急車が呼ばれ、
大学病院の高度救命救急センターへと搬送されていくのです。

意識はもうろうとしていました。
私を乗せた救急車が
高速道路を猛スピードで走っていく。

ガタガタと揺れる救急車のベッドから
滑り落ちそうな気持ち悪さを感じながら
必死にしがみついていました。


救急車が近づくと
高速道路の両脇に車が寄ってくれて
道をあけてくれていました。


それまでは
救急車が高速道路を走るのを見たとき、
「かわいそうに、よっぽど大変な状態なんやろうな〜」と当然
他人事だと思っていました。


”まさか、わたしがこんなことになるなんて・・・”
意識が薄れる中そんな風に思って運ばれていました。


そして、
”みなさん、ごめんなさい。そして道をあけてくれて早く通してくれてありがとう。”と。

・・・
・・・
・・・

薄れゆく意識の中、
まだ私は生きたまま
高度救命救急センター※に到着しました。
(※日本の救急医療は、1次救急、2次救急、3次救急と別れています。
また後日書くつもりですが
高度救命救急センターは、”命の最後の砦(とりで)”と言われており
他の救急病院では救命できないような重傷者、重病人が運ばれるところです)


ついた途端に
待ち受けていたたくさんの救命スタッフに
私は取り囲まれて
アっというまに
さーーーーーっと、処置室まで運ばれたのです。

驚くほどの速さでした。


すぐに処置室の処置台へ寝かされ、
アっというまに、
体じゅうアチコチに管が刺されていきました。

管が刺されていくのと同時に
畳みかけるように私は質問攻めにあいます。

「何の薬を飲んでたか?いつからか?飲み忘れてないか?昨日は飲んだか?今日は飲んだか?
病気はいつからか?どんな治療をされていたか?その薬は何のために飲んでいたのか?
アレルギーがでた薬はあるのか?食べられないものはあるのか?
どんな自覚症状がいつからあったのか?
・・・・・・・・・などなどなど」

意識が薄れていくのを
ぐっとこらえながら、
医師の質問に答えていきました。


なんでこんなにしんどい時に・・・

なんでこんなにいっぱいしゃべらないといけないの・・・


しかし、これは

私が意識を失ってしまわないように、

医師たちがわざとしゃべらせていたのかもしれません。


そして、正確な診断をして治療を行うためには
これほど
多くの医療情報が必要であるということなのです。


私はこの日から
「高度救命救急センター」で生息しはじめました。


その後の高度救命救急センターでの状態も
今後、ちょっとずつお話していこうと思います。

患者視点でのお話しかできませんが
「救命病棟」で
患者がどんな思いになったのか、
なにを感じたのか、
「救命救急医療」について知っていただき、
考えてもらえるきっかけになればと思います。


それと実は、先日当ブログでご紹介していた
NHKプロジェクトX「救命救急 ER誕生」のDVD
私が入院していた「高度救命救急センター」なんです。
それも、実は
このプロジェクトXのロケが私が入院する2週間ぐらい前に行われたらしく
ちょうど
私を治療してくれていた救命スタッフが何人も写っています。

ドラマじゃない、
本当の救命救急病棟の中です。

ぜひご覧いただき
何かを感じてもらえればと思います。



つづき≫【高度救命救急センターに運ばれる直前の話】


つづき≫【処置室からICUへ】


「救急医療情報を携帯しよう」http://www.asumosmile.com